文化遺産・遺跡めぐり

庚申山の大石碑
sekihi.jpg  足尾町に存在する最大の石碑で、高さ4.1mあり、往時の庚申山登山の隆盛だったことを物語る碑です。
 碑は、はじめ磐裂神社の第一鳥居わきにありましたが、昭和25年に切幹橋の脇に移建されました。



磐裂神杜
iwa.jpg  遠下にあるこの神社は、町の氏神で、大同3年(808)に足尾に移住してきた 星野、神山、斉藤、倉沢、細内の五氏一族十四人が杜を建て、足尾14箇村の鎮守にしました。
 江戸時代は、ここが庚申山登拝の入り口になっていました。
境内には、「とちぎ銘木100選」に選ばれた樹齢250年になる桧のご神木(太さ3m、高さ35m)がそびえ立っています。



古河橋
huruhasi.jpg  明治23年12月に完成した古河橋は、日本で最も古い道路用鉄橋の一つです。
 この橋はドイツ人の設計により、長さ50m、幅4.6mのトラス式鉄橋です。
 平成5年に新橋が架けられ、旧橋は歩道として利用されています。
 昭和56年には町の文化財に指定されています。



掛水倶楽部
kurabu.jpg  足尾銅山の隆盛時、当時の古河鉱業が 華族、政府高官などを招いて接待や宿舎にしていた迎賓館で、現在も使われています。
 外観は洋風、内部は和洋それぞれを用いた木造の建物で、館内には大正13年製のピアノや、 国産第一号のビリヤ−ド台もあります。



波之利大黒天
hasiri.jpg  勝道上人の作といわれるこの大黒天は、台上20cmの小さな木像で、黒・金色の二匹の鼠の背に立つ大黒天です。
 この波之利大黒天に奉納する祭りが「波之利大黒まつり」です。



間藤水力発電所跡
hatuden.jpg  それまでの動力源であった薪・木炭に代わり、新動力源として水力発電に踏切り、明治23年上間藤に水力発電所を完成させました。
 この発電所は、鉱山施設としては日本最初のもので、400馬力の電力は銅山近代化の原動力となりました。
 当時の名残をとどめる直径1mの鉄管の一部が残っていて、煉瓦造りの基礎が当時を物語っています。



鉱山神社
jinjya.jpg  鉱山神社は、足尾町本山の最上段の杉菜畑にあり、明治22年に本山に働く鉱員たちの寄進により銅山の繁栄を願って造営されたものです。
 足尾銅山に現存する山神社としては最古のもので、建物に釘は一本も使用されていません。



足尾の四季  クリックして!!!  
   数ある足尾の歌謡の中でも、歌詞、曲とも秀逸なのが「足尾の四季」です。
 足尾を代表する名所の数々を春夏秋冬の歌詞にちりばめ、優雅なワルツのメロディで歌われます。
 同窓会等の会合の終わりには必ずこの曲で散会するほど、足尾の人には忘れることのできない馴染み深い名曲です。
 現在、防災無線の正午を告げる音楽として流れています。



直利音頭  クリックして!!!
  直利音頭は足尾独自の節まわしと踊りをもつ歌で、歌の文句も鉱山町らしい味わいがあります。
 「直利音頭保存会」の会員によって伝承されています。
 「直利音頭保存会」のメンバーに、多くの地元中学生が参加し活躍しています。