製作中(内容はかなりいい加減です)

テーマ 里見八犬伝と足尾

里見八犬伝の化け猫と犬士の戦いの場所のモデルは足尾の庚申山です。
庚申山の御山掛けのコースがそのままドラマの舞台になっています。
化け猫軍団がここに住み着いて勢力を拡大していました。
剣士に退治されてから他の動物たちが安心してすめるようになりました。
それで、今はたくさんの動物たちがこの地域に住んでします。
ほんとかな?。

庚申山の化け猫はいまも 生きている
銅山の坑内に逃げ込み空洞になった広い空間に閉じ込められた
そこで、時々岩棚を駆け巡っている
その、響きが地震となって頻繁に感じられるのだ
地下100mに設置された地震計は、
今もそれを敏感にとらえている

伏姫と犬士



足尾の七不思議のひとつに飼い猫に蚤がつかないという事実がある
これは、日光東照宮の眠り猫のご利益という説と
庚申山の化け猫の血が足尾の猫には流れていて
その、妖気で蚤がちかづかないのだといわれている

 

庚申山にすむ魔物                            脚 色 星野俊夫

下野の国、真壁郡(まかべごおり)に網苧(あしお、足尾)という所がある。

その山波の中に小さな盆地があり、中ほどを渡良瀬川が流れていて、足穂原 (現在、国道庚申アンダーから足尾トンネル周辺)と呼ばれていた。 

冬が駆け足でやってくる山里の晩秋のできごとだった。

日はまだ高いが谷はすでに暗く、道ばたには、ススキの白い穂が冷たい風にざわめき山奥らしいさびしさが漂っていた。

渡良瀬川が小滝川と合流する、切幹の里のはずれに柳屋(親父のなは鵙平(もずへい))というひなびた一軒の茶店があった。
この店の入り口に直径3尺を越える大きな柳の木があってこう呼ばれていたのだった。

茶店のすぐ裏の流れには大きな淵があり、その落ち口には2尺ほどの鮭が対になって泳いでいて、草葺の屋根の軒下には、わらじがつるされ、その間に一挺の鉄砲と六七張の頑丈そうな弓とクマタカの羽のついた矢が並べてかけてあり、その影が黄色く汚れた障子に映っているのだった。
 

その店先の縁台に腰をおろし、茶を飲みながら店のお爺と話をしているのは、里見の八犬士の中の一人、犬飼現八信道(いぬかひげんぱちのぶみち)だった。

犬飼は、荒芽山の戦いで別れわかれになった同士をさがすために、千葉の行徳や市川へ行ったり、遠く京都に住んだりしていた、そして旅を重ね、早やくも二年の歳月が過ぎ去っていた。

今は、奥州路をたどり犬士をさがして、この網苧(あしを、足尾)までたどりついたのだった。

茶店の主人の話しによると、これから先五里ほど、庚申山のふもとを越へるまでは人家も少なく、山賊などが出て、真昼でも武器を持ち歩かないとあぶない、だから、鉄砲を持った道案内人に行き先まで送ってもらうか、弓矢を買って持っていけといい、どちらも三百文で、同じ直段だと言い張るのだ。

犬飼はこれまで、美濃、信濃の山路を幾度となく歩いているが、案内も雇はず、弓矢も持たことはない。
それで山賊にも出会はず猛獣にも会ってはいない。
「わしに道案内はいらない」と犬飼が言う、しかし老人は「いやこの庚申山には恐ろしい魔物が住んでいる」といって珍らしい話をきかせるのだった。

 

庚申山は、登り下りの険しい峠を幾つも越えたところで、山中第一の石門へ達する。これを胎内竇(たいないくゞり)と呼んでいる。これより奥には奥の院があるけれども、魔物が住んでいるから、人はめったに近づかないのだ。

何百年か年を経た山猫だということであるが、その外にもいろいろの魔物が住んでいるのだ。

店のお爺は話なし続ける、この山のふもとに赤岩という村があり、そこに赤岩一角武遠(あかいはいつかくたけとほ)といふ武士が住み、このあたりに名高い武芸の達人であった。庚申山の奥の院へ、一度詣でてみたいものだと思い、弟子達の強いもの幾人かをつれて山へ登って行った。

山道は険しく、胎内竇(たいないくゞり)をくぐるとさすがに弟子達は歩が進まなくなった。その辺から道の左右には大きな岩が立ち並び、道はその岩の上へ高くのぼり、また深く下の沢へおりるのだった。

高い崖の中腹に長さ七尺あまりの石橋が架かっていて、谷底からは霧が舞いあがってくる。ここまで来て弟子達は全く進めなくなった。

一角は、そこに弟子達を待たせて、自分一人、弓杖(ゆみづゑ)をつきながら石橋を渡り、向う側へ着いたと思うと、もう岩の陰にその姿は見えなくなっていった。

主人を待っていて、やがて、夕風が吹くようになったが、一角はまだ帰って来ない。
いつになっても向こう側の岩棚に姿を見せなかった。

「これはきっと何か事がおきたのだ」と、弟子達は急いでふもとの村に駈けもどっていった。
次ぎの日、村の人たちに出てもらい、隊を組み弓矢、鉄砲、竹槍など、それぞれの武器を持って山へ登り、例の石橋のところまで来ると、化け猫の話を知っている村人たちは、先に渡るというものもなく、そこでまたまた時間をつぶしてしまったのだった。

「明日は人数を倍にして出て来よう」といつて、一隊は引き返し、胎内竇を出ようとすると、うしろから大声をあげて隊の人を呼びとめるものがいた。

振り返って見ると紛れもなくそこに一角が立っていたのだった。

 みな一角を取り囲み無事を喜び、お祝いを述べると、一角は笑って、「石橋を渡り奥の院へ詣でてさて帰ろうとすると、あたりは一面の大石で、霧が舞いあがって来るものだから、道に迷い方角が分らなくなり、やむを得ず前夜はそこで野宿をしたのだ」と言うのだった。

「そして、今日はやつとみちを見つけて、ここまで降りて来た」とい言いながら、赤岩村へと帰って行ったのだった。

それまでは無事に済んだが、奥の院の探検をしてからの一角は何かにつかれたように変わっていったのだった。
昔の礼儀正しかつた、一角とは人が違ったように荒っぽくなった。

一角は、妻を三度変えた、第一の妻は角太郎(かくたろう)という子を生んで死んだ。二度目の妻は探検の時にいて、これはその後、牙二郎(がじろう)という子を生み、荒っぽい一角に堪へられずに死んだ。今いる妻はどこからか来た船虫と言う女であるが、これは一角と心が合うと見え、今もそのまま暮らしていた。

角太郎(かくたろう)は成人してやはり一角ににて、武芸にすぐれ学間にもすぐれていた。
一角夫婦は牙二郎(がじろう)を愛し角太郎をにくむので、角太郎の死んだ母の兄、犬村儀清(いぬむらのりきよ)が可愛そうに思い、引き取って犬村角太郎礼儀(いぬむらかくたろうまさのり)と呼ばせ、自分の娘の雛衣(ひなぎぬ)と夫婦にした。

ところが養い親の儀清(のりきよ)が死んだあとで、一角夫婦は儀清(のりきよ)の財産を奪おうと考へ、角太郎にわが家に来て住むようにいいつけたので、角太郎夫婦が赤岩の父の家へ来て住むと、間もなく一角は雛衣を離縁させ、そのあとで角太郎を勘当した。

角太郎は評判の親孝行であるから、今は財産はすつかり取られてしまい、妻の雛衣とは別れるし、ずっと田舎の返璧(たまがへし)と言うところに庵(いをり)を結び、僧侶のような行をして暮らしているのだった。
「これというのも一角先生が庚申山へ入ったからでございます。お武家さまは、この庚申山へは迷ひ込まないように気をおつけ下され」

と、老人が長い物語を終った頃には、日も傾き夕風が吹いていたのだった。

 
犬飼は、しつこく進められて、杖の代わりにと一組の弓と矢を買わされたのだった。

別段いそぐ旅でもないし、暮れれば、暮れたところで夜を明かす考へで、茶店を立ち、ぶらりと山道を歩いていった。

道は山へ登るようになって来た。

これはやはり庚申山へ迷い込んだのではないかと疑い出した。
やがて峠の入り口に差し掛かると、茶色に染まった落ち葉のしき詰まったみづならの林があり、そこに高さが12尺ほどの庚申山と彫られた大きな碑がたっていた。

これは紛れもなく、庚申山に迷い込んでしまった。
夕日が木立ちの上に残り、谷間は薄暗くなっていった。
「もう山を下っても仕方がない。」

「もう少し登ったところで野宿をしよう」と、何十町か進んで行くと茶店の老人が教へてくれた大きな石門があった。
「今夜はこの山の石窟(いはや)で夜を明かすとしよう」

と犬飼は、胎内竇(たいないくゞり)の下に腰をおろし、身を横にして、物思いにふけっていた。
こうした時にいつも思うのは、同士の犬士たちの身の上であった。




夕暮れから出ていた月が西に沈んで、あたりはすっかり闇になった。

ふと東の方を見ると、何か蛍火のようなものが三つ四つ光って、ゆれながらこちらへ近づいて来るのだった。


                          画像製作協力 HOTATE
「さてはこれが老人の教へた魔物なのか」

と、大胆な犬飼はまだ足をのばしたままで見つめていた、蛍火はだんだん大きくなって、確にそれは何物かの目玉である。
はっとして犬飼は起きあがり、弓に矢をつがへた。

この魔物は虎のような顔をして、口は左右の耳まで裂け、牙が真白にむき出ていた。
それが馬に乗っているのだ、馬もまた不思議な形で、全身は枯れ木のようでありところどころに苔が生えていた。

左右には赤い顔の魔物と青い顔の魔物とが馬が動くたびに揺れていて、何か高笑いなどしながら、こちらへ近づいて来るのだった。

犬飼は出来るだけ近づけておいて、弓を射た。

ドドッと音がし、馬上の魔物がころげ落ちた、矢が左の目を深く射抜いていた。
左右の魔物が、あわてて落ちた化け猫をかついでもとの道へかけ逃げていった。
すると、今まで闇だと思っていた夜は、いつか、ぬぐい去ったように美しく、明るい星月夜になっていた。
このまま山におれば、怪物どもが多くの獣を呼びあつめて、またここへおし寄せて来るであろう。
魔物は、弓の矢に射られただけだから、命を失うまでの深手は負っていない。
今のうちに場所を変えて、怪物どもが何をするかを見届けてやろうと、
犬飼は考へて立ち上り、胎内竇(たいないくゞり)をすぎてなおも奥へ進んで行った。

その辺一面に立っている岩を踏み越え飛び渡って何町か進むと、そこに十二三間ばかりの細い石橋がかかっていた。
犬飼はこうした場所を平地のように動き渡ると、やがて、行く手に石窟(いはや)が幾つか見えてきた。
「もう奥の院も遠くはあるまい」と、最も大きな石窟の入り口へ近づくと、奥には人の影が見えて火をたいていた。

「人か魔物か。何ものだ、名乗れ」
犬飼は弓に矢をつがへて、身構た、するとその人影は、静かに犬飼を押しとどめたのだった。

彼は怪物でもなければ人でもない、昔ここに詣でて、魔物のために、喉をくい破られ、命を失った赤岩一角の亡魂であった。

魔物はそれから一角の姿に化けて山を下り、赤岩の一角の家に住みついているのだった。
しかし、誰一人それを知るものはいなかった。

一角の性質が変つたのではなく、まことの一角はとうに殺されて、山の魔物が一角になり済ましているのだった。
犬飼が今、目を射た魔物はそれであった。

一角の亡魂は、しみじみとそのことを語って、犬飼に復讐を頼んだのだった。

亡魂は、一角が生前使っていた証拠の短刀を持っていた、またそこには一角の骸骨も落ちていた。
この骸骨を持って行って、その上に角太郎の血を注げば、血はそのまま骸骨に固まりつくであろう。
これがまことの親子のしるしだ、と
亡魂は語り終って姿を消した。そこには、もはや焚き火の気配もなく、つばの色も見分けられないほど錆びついた一振りの短刀と骸骨が土に埋もれていたのだった。


返璧(たまがへし)という田舎に、軒低く建っている犬村角太郎(いぬむらかくたろう)の庵である。
犬飼は、次ぎの日この前に立っていた。

小さな庵であるから、一角の息子、角太郎礼儀(かくたろうまさのり)が坐って数珠を持ち、何やら行をしている様子が表からもよく見えた。
犬飼は幾度となく案内を乞うのだが返事はなかった。
「さては行を妨げてはいけないのだろう」と、そのまま横に回って犬村の行の終るのを待っていた。

そこへ若い女(「礼」の字の刻まれた玉を胎の中に飲み込でいる女)が訪ねて来た。
門の戸をたたいて角太郎を呼ぶけれども、返事がない。
女は、声をかけて角太郎の冷たさを怨んでいるのだった。

女は今、死ぬ覚悟をしているのだ、その最後の別れに来たのであるが、角太郎はまだ親への義理を守って、今、子まで身ごもっている自分に逢ってくれないのであるか、これが最期だ。
そういったことをいって怨むけれども、やはり角太郎の返事はなかった。
女は袖で目を拭き拭き門から離れていった。

角太郎の別れた若妻、雛衣だった。

 

「客人、おはいり下さい。お待たせ申した」
ふいに中から声がかかった。
犬飼は、立ち去った雛衣のことも気にかかるが、とにかく門を明けて中へ入った。
犬飼が聞きたいのは、犬村もまた犬士の一人ではないかということである。
犬飼は玉のことを尋ねて見ると、いかにも犬村もまたその玉を持っていた。

犬村の母は角太郎を生んだ時、加賀の白山権現(はくさんごんげん)の庭の小石を拾って、その子の護り袋に入れて置けば病気にならないと聞いて、旅商人に頼み、ついでの時に小石を拾って来て貰うと、それは「礼」の字の刻まれた玉であった。

雛衣を妻に貰った後のある日、雛衣が腹痛を起したので、その玉を水に浸し水を飲まそうとすると、まま母が玉を見ようとして茶碗を奪い取る拍子に、雛衣は玉を飲み下してしまった。
それから雛衣の腹は子を持ったもののように大きくなって来た。
今日、雛衣が死を覚悟して訪ねて来たけれど、雛衣の腹に玉のある限り、水にもおぼれず火にも焼けないと思うからそのままにしていたのだった。

犬村は、そうした話をこまかにした。
犬飼はなおも犬村と武芸や学問のことを話し合い、犬村が多くの書物を読んでいることに驚くばかりであった。犬飼は犬村をはじめ犬士たちが同盟の勇士であることの話をして、二人は兄弟のように親しくなった。

そこへ、まま母の船虫が訪ねて来た。

かごには雛衣をも乗せている、船虫は夫の一角が近頃目を病んでいること、そのために今日、日の出の社へ詣でたこと、その途中で雛衣が犬村川へ飛び込んで死のうとするのを引き止めたことなどを語って、「これからは雛衣の離縁を許し前のように夫婦となって暮らすがよい」というのであった。

角太郎は、いつもの母に似合はないそぶりを不審に思った。
母はそれを言ってしまうとまたかごに乗って帰って行った。

角太郎は、いろいろと自分の家のことを語った。
父の性質が変ってから後の自分の家庭は、何もかも不審なことだらけだ。
角太郎は親に対する孝行心が深いから、すべて親の言いつけにそむかずに暮らして来たが、今日までわからないことが多いのだった。

それらの話を聞いていた犬飼は「私にも少し考へたことがある。しばらく私にまかせていて貰いたい」といい、犬村にいったん別れを告げて出ていったのだった。

 



大角の山猫退治  (赤岩村の出来事) 

 庚申山の魔物がその姿を変へて赤岩一角となった後の一角の道場には、やはりそれにふさわしい門弟たちが集まって来ていた。

中にも面白いのは、籠山逸東太縁連(こみやまいつとうだよりつら)が門弟となっていたことだ。
籠山(こみやま)はさきに千葉家の家来であったが、粟飯原(あひばら)を打った時、嵐山の名笛を奪はれたのでそのままにげて帰らず、一角の門弟になったのである。

その後、武芸も上達し、越後の長尾判官景春(ながをはんがんかげはる)に仕へていた。 
その籠山縁連(こみやまよりつら)が、ふいに一角を尋ねて来た。

主人の景春(かげはる)が城普請をしたところ、地中から木天蓼(わたゝび)の木でさやをこしらへた珍らしい短刀が現れたので、村雨丸(むらさめまる)の銘刀ではないか、それを一角に見て貰ひたいといふので、縁連(よりつら)が使いになって来たのである。
一角はその時目を病んで、仰々しく布団の上にいたりした。

縁連がその話をしながら刀の箱を前へ出すと、不思議なことに、白い煙のようなものが立ち上って消え、箱を開いた時には、箱の中に刀の姿が見えなかつた。

縁連があわてて、「このままでは主家へも帰れない」などと言うので、一角はいろいろと主人をなだめる工夫を教えたりして慰めていた。

その時、表へ犬飼現八が尋ねて来た。

一角の門弟たちは、武者修業をしているといふ犬飼を、思いきりたたき伏せてやろうと考へた。
さて道場へ出て、一角の最も強い門弟の四五人が現八に立ち向けれど、物の数にもならない。

「この上へは」とそれらの門弟が一度に現八に打ってかかったが、現八の鋭い木刀に押されて打ち込むひまもないところを、柔道の手にかけられて左右へ投げ飛ばされてしまった。

縁連や次男の牙二郎が見かねて立ち向おうとすると、一角は押しとどめ、「いや、あっぱれなお腕前でござる。一角、もしも病中でなければ、お相手仕るところを、まことに残念である」などといって犬飼を褒めながら、苦い顔をしていた。

犬飼はその夜一角の家にとめられた。夜更けてから、一角や門弟たちは、犬飼を打ち取ろうというのだ。
犬飼もそれとなく気をつけていたが、夜も更け少し、とろとろと寝入ったと思う時、急に護り袋の中の霊玉がガラッと砕ける音がした。驚いて起き上り、手さぐりで霊玉をさわって見たが、別段砕けた様子はない、しかし何か不吉の知らせであるには相違ない。犬飼は起き上ってすっかり身支度をした。
さて縁側の障子を明けて見ると障子の外には物をたくさん並べてあって、走り出る時に足がつまずくようにしてある。
庭へおりて見れば、ここにも、また足を捉らせるために麻縄を引き渡してある。
現八はまず、板垣のところの門を開くようにして置いて敵を防ぐのに便利な庭の木立ちをえらび、その陰に身を潜ませていた。
八人の門弟は三手に分れて、一時に犬飼のいた座敷へ踏み込んだ。「にげ失せているぞ。追撃だ」大騒ぎをしてわれがちに縁側へかけ出ると、犬飼が場所を置きかへてあったいろいろな物につまづいて思はず同志打ちをする。
庭へおりるのに、そこでもまた足を捉られて転びかえった。

刀を抜いて待っていた犬飼は、「やつ」と声をかけて、見る間に二人を斬りおろした。
犬飼を見つけた門弟たちは、一斉に寄って来て打ち取ろうとするけれども、麻縄が邪魔になって思うように動けない。
犬飼は多く殺す考へもないから、槍の柄を切り落し、刀を奪い取り、庭へ投げ飛ばした、頃あいを見て、さっと門を明け、垣の外へ身を避けて、門へは外から大石をあてがいあかないようにした。そして、悠々と犬村の家を目がけて走って行った。

門弟たちが遠回りをして表へ出、あくまでも犬飼を追って行くと、犬飼は犬村の家へ入ったのを見てしめたと思った。
どやどやと犬村の家へ打ち寄せて、「昨夜、赤岩先生宅で盗賊を働いた浪人、取り押へようとしたが、にげてこの庵へ参った。速かに盗賊を渡して貰いたい」と談判をしたけれども、犬村角太郎は、「それは見まちがいでござろう。おたずねの浪人は外へにげ失うせたと見える」といって寄せつけない。
門弟たちは踏み込んでも捕へようと騒いでいるところへ、二挺(にちよう)のかごがついて、ゆうゆうと下りて来たのは一角夫婦であった。

「籠山氏、まず静まり給へ。盗人の詮議は一角が代ていたそう。他に用事もござれば、籠山氏はひとまず赤岩へ引き上げられてお待ち下され」という。
籠山らは仕方なく、そのまま引き上げて行った。
一角夫婦だけが残った。

角太郎と雛衣は、うやうやしく門へ出迎える。
一角夫婦は庵の中へ通り、「角太郎、そちを今まで勘当していたが、雛衣は昨日、帰ったことだし、角太郎、そちの勘当も今日から許して、昔通りに親子に帰ろうと思うぞ」
といって、いつもと違い、親しげな様子を示すのだった。
やがて、一角はまた改まったかたちになり、「時に角太郎、勘当も許したからには、そちと雛衣に少し頼みがある」といふのである、親孝行の角太郎が頭を下げていると、「じつは私のこの眼病だ。医者の話には、この目の病には、百年土中に埋もれた木天蓼(わたゝび)の粉と、腹の中にいる子供の生き胆とが何よりよい薬だと言う。ついては雛衣、そちの腹にある子供を貰いたいと思うが、これは承知してくれるだろう」というのだった。

角太郎も、雛衣も、それには答への言葉がなかつた。
雛衣の腹がふくれているのは、子供であるかどうかさえ分からないのだ。
角太郎は雛衣をそうしたことで殺したくなかつた。

角太郎が答えをためらっていると、雛衣の心はもう一つ苦しかった。
すべては自分の覚悟できまることだ。
やはり自分は運がわるく、この間から死ななければならなかったのだ。
そう思いつめた雛衣は、いきなり短刀を抜くと、自分の腹に突き立てたのだった。

角太郎はハツトして立ち上った。
不思議にも、雛衣の腹からは何か光る玉のようなものが飛び出して、一角の胸にガガン当たった。
一角は胸骨を打ち砕かれて、たまらずのけざまに手足を張ってたおれてしまつた。
これを見た牙二郎は、「おのれ、父上を殺したな。待て」と言って、刀を抜き角太郎に打ってかかる。
角太郎は弟を殺したくないからとかく受け身になって牙二郎の刀をさえぎっている間に、右手のひじを負傷した。
その時うしろから手裏剣が飛んで来て、牙二郎はばたりと打って倒れた。
船虫は驚いて立ち上り、にげようとするとそこへ、犬飼が出て来て、きき腕を取り、三四間むこうへ投げ飛ばした。

「犬村氏。今まことの話を申そうと思う。この無礼を忘れて、しばらく聞いて戴きたい。倒れたこの父上殿の姿は、まことの父上殿ではなく、じつは庚申山に何百年の年経た山猫でござるぞ」

そういって角太郎を驚かせた。
犬飼はかねての骸骨を取り出して、角太郎のひじの傷口にあてると、流れる血はすべてその上にかたまりついた。
犬飼は一角にたのまれた短刀をも取り出し、自分が庚申山で出あつた事柄を詳しく角太郎に語つたのである。

角太郎は夢を見ていた気持ちがした。そして、さすがに父の姿をした怪物に刃をあてることが出来なかった。
怪物は、二十四時間そのまま捨てて置けば元の姿になるというから、それまで打ってかかるのを待とうと思っていた。
その時、牙二郎は息を吹きかへして、手早く手裏剣を角太郎に投げつけたが。巧みにそれを避けると、牙二郎がまた立ち上って斬ってかかった。
角太郎は、見る間に下へたたきつけた。

牙二郎が、一角の上にのしかかって倒れると、あたりは急に地響きがして、化け猫の一角の姿は、何ものともしれぬ怪物の姿に変わっていったのだった。
目は鏡を並べたように光って、口は血をしたたらすばかり赤く、深く耳まで裂けていた。
牙を鳴らし、爪を張り、あたりをにらんでつく息は、この小さな庵を打ち砕くかと思うほどである。
まことにそれは、年を経た山猫であつた。

角太郎は、腰のあたり目がけて、さっときりつけた。
現八も油断せず、後ろに控えていた。
すでに深手を負った山猫が、窓の格子をメリメリと踏み破って、そこから逃げ出そうとするところを、角太郎は刀を「ヤット」と取り直し、咽喉のあたりを目がけて、つばも通れと、幾度となく刺し貫いた。さすがに怪物も、部屋の真中へ地響き立てて落ちて来て、息は絶えた。

牙二郎もいつの間にか、山猫の姿に変っていた。

この騒ぎの間に船虫はにげていた。
角太郎は、雛衣の側へ寄り、傷の手当てをして介抱した。
けれども深く突いた重傷で、どうしても助からず、角太郎が父の仇をうったことを喜びながら死んでいった。

化け猫の一角の門弟の中には、ほかの獣などの化けていたものもあつたが、山猫の殺されたあとでは勢力がなくなり、今まで山猫に押さえられていた山の神などに殺された。

庚申山の怪物は、犬飼、犬村の働きによって、最早、残らず姿を消したのだった。

今も、庚申山には、第一の石門や胎内竇(たいないくゞり)、石橋、石窟(いわや)が幾つも残っていて、その周りには、奇岩奇石が霧に包まれ苔むしてたたずんでいる、その後もこの石窟で死んで行った幾つかの亡骸があったと噂にきいている。